東京都知事選に思う          笠井和明
 東京都知事選がまもなく公示され、熱い選挙運動が始まろうとしている。

 傑出した後出しジャンケン戦術で石原慎太郎氏が都民の支持を得、知事に就任してから2期8年、対立候補の質や政治情勢からも石原都政の継続か否かが争点になりつつある。
 選挙の度に「公開質問状」なるものを提出して候補者のホームレス対策姿勢を問うて来た連絡会であるが、大概が選挙参謀が事なかれ主義的に書いた作文が送られてくるものだから、あまり意味があるようにも思えないので、最近はそのような事はしていない。かつてのようにホームレス支援団体が少なかった頃はそれも通用したが、雨後の筍のように支援団体が生れ、それぞれ勝手な事を言っている東京の支援団体事情を見れば、代表して質問をすると云うのも何だかインチキ臭い事もある。

 それでも、連絡会は今度の知事選をどう考えるのか?なる質問が聞こえ始めて来た。そこで、私見ではあるが、この場でいろいろと考え、提起してみたい。

 そもそもそう云う声があがり始めたのは、元宮城県知事の浅野史郎氏が立候補を宣言したからでもある。この業界は所謂福祉系のボランティアや支援者が多く、福祉のプロと云われている浅野氏期待説はかなりのものである。他方で文化人や左翼を気取る人々は石原氏を感性的に嫌っていれば事足りえるみたいな雰囲気もあり、そう云うボランティアや支援者も大勢いるので、ますます浅野氏の株が上がっているようである。
 そう云う人々は石原氏でなければ誰でも良いのだろうと思うのであろうが、何故か足立区長という都政を語る上では重要な実績がある吉田万三氏の声はあまり聞こえない。これはまか不思議な現象ではあり、どうもなんだかしっくりと来ない。鈴木俊一氏の後継者でなければ勝てそうな相手なら誰でも良いと故青島幸男をかついだ、あの頃に何だか似ている。

 それぞれの候補予定者が都政上どのようにホームレス対策を位置づけ、またどのような対策案を持っているのかは知らない。おそらく、格差社会が議論されているものの、ホームレス問題はあまり人が喜ばない課題なので、どの候補者もあまり多くは語らない事だろう。具体的な実績を作って来た石原氏などはもっと多くを語れば良いとは思うのであるが、会見でも、議会の場でも、この問題はあまり語ってはいない。まあ、選挙に取ってみれば微妙な問題であるのは確かに語らない方が得策かも知れないが。

  ホームレス問題なる都政にとっては小さな問題とされている課題は、実際には担当部署の役人が施策を作ったり実行したりしているのが本当の姿なのではあろうが、ここで戯れに東京のホームレス対策史を歴代の知事で括ってみる事にしよう。たとえ小さな問題であろうと、その時々の行政責任者は知事なのであるから、知事の施策として評価したり、批判したりするのが一応の筋ではある。

 ここではっきりしているのは、今日まで続いているホームレス対策の都区共同事業という枠組みを作ったのは鈴木知事時代である。
 これは23人の区長と1人の知事の合意がなければ、何一つ決定されずに実施されない、と云う私たちが批判し続けている枠組みである。
 これ以降の知事でこの構造を問題にしようとした知事や、打破しようとした知事はいない。あ、そうだ、一人いた。故青島幸男氏はこの枠組みを無視し単独で新宿駅西口地下通路の路上生活者の強制排除を行い、単独で施設収容策を実施した。もちろんこれは、この枠組みを無視しただけの話しで、枠組みのあり方を問題にした訳ではない。その後、強制排除が社会的に問題になると、青島都政は次第にこの枠組みの中に逃げ隠れ、しかも遅々として施策を実施せず東京の路上生活者数をピークへと持っていってしまった。
 他方で、2002年に「ホームレスの自立支援法」が制定された。この制定過程ではもちろん東京都も関わり国にいろいろと意見をした。これは石原都政の時であるが、法制定後は都区共同事業の枠組みを維持しながら、法の下にホームレス対策を収斂させた。
 「ホームレスの自立支援法」下の施策の中で独自性を出したのは石原都政の特徴と云えば特徴である。2006年、国の基本方針には掲げられていない「地域生活以降支援事業」と云う名の借上げ住宅提供事業を都費単独で実施し始めた。これにより、東京のホームレス事情は劇的に変った。都区共同事業の枠組みを維持すると云いながら、ほとんど特別区に相談もせずに電撃的にやっちまったのである。そしてその2年後に特別区側に財政負担を求め、都区共同事業の衣をまとわせてしまった。
 同時期の名古屋市や大阪市の代執行法による排除による「解決」手法と比較しても、混乱を導かない洗練された手法であり、おおいに評価はできよう。
 これを言うと何故だか、あちこちから非難されるのではあるが、少なくとも石原都政下のホームレス対策の基本的方向性は、決して間違っていないし、評価できると私などは考える。唯一批判点を挙げるとすると、それが徹底されていない点であろう。都区共同事業のこれまでの枠組みを壊さず、それに執着するあまりに都区で妥協をし続け、役割分担や財政負担を都区で押し付けあい、結果的にはその先駆的な施策の成果で国の基本方針を変えるどころか、逆に施策を小さな極地的なものにし続けている。
 方向性は間違っていないが、その推進力が足りなかったのである。

 今回の知事候補には、その点を問題にしてもらいたいと思うのである。東京だけにある特殊な特別区制度は大都市行政において良い面もあるのであろうが、他方でさまざまな矛盾をはらんでいる。おそらく、歴史的な東京都のホームレス対策史を見てみると、ホームレス問題のような広域的課題は不得手とも言える。いくら知事が音頭を取ろうとしても、残り23人が賛成しなければ何一つ進まないような仕組みではこれは如何ともしがたい。今は法律の期限が残っているからまだ良いが、法律の期限が切れてしまったら一体どうなることやと、今から心配しているのは私だけだろうか?  

 対策の枠組みをもう一度見直していく。区部だけではなく26市もその中に加える。そして広域課題であるので、その施策実施方法をトップダウンかつスピーディに実施できるよう見直す。その代り、向こう5年、実施にかかる基本財源は都がすべて持つぐらいの変革案がなければ、今の状態があまり変化はないような気もするのである。

 最近の知事選は人気投票のようであるが、総論やイメージ戦略も大事であるが、各論における政策論をしっかりとやって頂きたいものである。そして、知事にどなたがなろうとも、石原都政で推進されたこの流れを止めずに、更なる強化をして頂きたいものである。

(2007.3.10)