自立支援センターの効果について(数値分析)その1

笠井和明

 本格的な自立支援センターが都内において開設されてからもうすぐ一年となる。現在、新宿寮、台東寮、豊島寮と3つのセンターが通年的に開設され、稼働中であり、当初計画通りに事が進めば、年度内までに残り2カ所が設置され、計5箇所のセンターが来春以降はフル回転する事となる。
 ここでは、私達が入手している自立支援センターの「利用状況」の統計を見て行く中で、その「効果」の程はどんなものか、そして、統計から見隠れする今後の「課題」は何かを分析していきたい。その資料として使うのは、累計版の利用状況(200011月から20018月末まで)と、2001年8月19日現在の「自立支援センター新宿寮 利用実績」の資料である。もちろん新宿、豊島などに実際に入寮した人々と日々接している立場から、その仲間から聞き及んだ事実や寮面会時の実感も考慮に入れての分析となる事を最初にお断りしておきたい。

 自立支援センターは周知の通り「自立支援事業は、自立支援センターで実施する事業で、原則として緊急一時保護事業利用者で、就労意欲があり、かつ心身の状態が就労に支障がないと認められる者を利用対象者として、宿所・食事等の提供、生活・健康・職業・住宅等の相談及び指導等を行うことにより、利用者の就労による自立を支援することを目的とする。」(路上生活者対策事業実施大網)事業を行なう事を目的とした施設である。そして昨年11月より本年8月月末まで台東寮370名、新宿寮198名、豊島寮(本年5月開設)147名、計715名が東京23区の福祉事務所を通じて入所し、自立支援事業を受ける事となった訳である。そしてこの715名の内、既に(8月末時点で)519名が退所し、それぞれの事業の結果が判明するに至っている。  この事業の目的から照らした場合、自立支援事業の「効果」を計る物差は、どれだけの人が就労自立を果たしたか、という一点に尽きるだろう。もちろんセンターを卒業しアパートで通勤していたものの、その後の職場のトラブル等々で再び野宿生活に戻ってしまっている人々も少なからずいる事は事実である。が、それは「就労自立後」の諸問題であって当事業の範疇外であると言えよう。もちろん「アフターフォロー」の必要性がないと主張する訳ではないが、一生涯自立支援事業がついてまわる(ある意味では監視され続ける)のもいかがなものかと考えるので、たとえそういう人が多くいたとしても、その事実だけをもって自立支援事業の「効果」に疑問を投げかけるのはどうかと考える(この問題は別の方策を考えるべきと私は考える)。自立支援事業の目的は「就労自立を支える」ことである以上、その「効果」という場合は、入所者の内、どれだけの人が就労自立(すなわち住宅確保しての就労、もしくは住込み就労)にまで至ったかを基準にすべきであろう。
 入所者数に対す就労自立した人の割合は「自立率」と行政では呼んでいるようだが、累計版の利用状況ではよほど自信がなかったのか、その言葉はなく、退所者属性表の中の比率として表記されているだけである。
 この自立率は(8月末現在で)台東寮31.1%、新宿寮49.7%、豊島寮42.3%、全体で38.2%と言う事となる。
 
もう少し正確さを期してみると、退所者属性の項目を見てみると就労自立の可能性無しの項目に疾病があり、また、長期入院という項目も見受けられる。これは入所してからの(就労不可能な程度の)発病、ないしは怪我などで病気治療が必要な人々の数であり、もちろん実務対応としてはこれらの人は疾病治療ないしは入院という事で入所させた福祉事務所が生活保護を適用したと考えるべきであろう。病気は事業内容にかかわる問題でない(施設の栄養面、衛生面は特段問題ないし、数値から言ってもそれを裏付けない)と考えると、これは計算上除外した方が良いと思われる。その前提でもう一度計算をし直すと、(病気退寮を除いた)自立率=台東寮32.6%、新宿寮52.4%、豊島寮44.1%、全体で40.1%と若干ながら上がる。
 統計上で不明なのは退所者属性の内「その他」とある項目である。親元に帰った、自分の都合で自主的に退寮した(させられた)等のケースであるとは思うが、かなりの率を占めているだけに細目を作るべきであろう。いずれにせよ統計で考慮されるのは今の所、病気退寮のみという事になる。

 さて、全体で40.1%と出たこの自立率の数値は果たして低いのか、それとも高いのか?

 問題提起から先に言うと、私は「利用状況」の統計を見たり利用した人の話しを聞きながら自立支援センターの実績について疑問に思っていた事が二つある。一つは何故、台東寮の「実績」が他の寮に比較して低いのか?という点と、就職率と自立率の落差は何故か?という疑問である。
 

 まず一点目の台東寮「実績」の悪さであるが、370名入所の内、入所者就職率(延べ)が68.1%と他所と比較しても2、3割低く、また、退所属性でも就労自立の可能性なしー自立困難者が退所者中の23.1%を占め(新宿寮は11.6%、豊島寮は4.2%)、結果自立率は31.1%、(病気退寮を除いた)自立率も32.6%でしかない。新宿寮と豊島寮の自立率平均が47.3%(病気退寮を除いた自立率は49.8%)であるから、この2箇所と比較しても約2割近くも差がある。この開きをどう見るか、考えられるのは、当事者の目的に沿った入寮が出来ていない、施設管理者(相談員も含めた)質が相対的に悪い、などが考えられる。(3施設とも管理する社会福祉法人は別である)
 山谷地域などを抱えた台東区が台東寮を最大規模(30%)利用している事からする雇用のミスマッチ状態(建設関連仕事を希望するが、それが少ないとか)がある事も考えられるが、実際に就職した人の職業内訳を見てみれば、全体は平均化しており、台東寮に限り建築土木関連に求人や就職が集中したと思われる事実はない。少なくとも同じ土俵の上にある事は事実であるが、その中でも就職率が低い事から考えるに、入所の経緯において事業の目的、条件を明確にせずに、短期間の支援で就労自立の見込みが少ない人、山谷対策などで行なわれている通常の宿泊援護と勘違いをしている人も含めて入所させている可能性は否定できない。台東区を始めとする台東寮利用区は当該の野宿者に正確な情報を提供するため、民間団体、支援団体も含めた協力体制を作れず、事業内容と募集方法について当該野宿者に周知徹底していない、という疑いは、台東寮が常に定員割れの状態を続けている事からも窺い知れる。これは「入口」の重要な問題である。
 また、施設管理者の経験不足という問題も指摘できる。新宿寮、豊島寮の施設管理法人は路上生活者対策関連施設に深くかかわってきた法人であり、ある意味では馴れていると言えるが、他方で台東寮の管理法人は路上関連施設は始めての法人である。生活相談員は法人の施設職員が兼ねている事からも、当事者の現状を熟知した上で就労意欲を喚起していく適切な指導がなされていない可能性も高い。またそうなると寮内の雰囲気も悪くなり、尚更就労意欲が失われていくという悪循環が引き起こされるケースも多い。これらが台東寮の他所との比較で言える面である。

 次に、就職率と自立率の開きの点だが、台東寮を除いて、新宿寮、豊島寮とも入所者就職率はある意味驚異的ともいえる数値を残している。就職延べ人数なのであるが、新宿寮は108.1%、豊島寮は91.2%と、ほとんどの人が入寮中に就職出来ているという数値である。就職者実人員は「利用状況」統計には現われてはいないが、「新宿寮利用実績」の統計を見ても、全体で(実人員での)就職率は84.5%と疾病以外の人々はたいがいは就職できているという数値に行き着く。高失業率の時代において、公的な就労対策を特に施されない元野宿者、しかも平均年齢50前後の人々が、多少の支援さえあれば就労に結びつくという実績を残しているのは実に立派な事であり、野宿者の就労意欲の高さを窺い知れるものである。本人の努力はもちろんのこと、それを支える公的な支援とプログラム、そして民間の支援、また寮生との良い競争関係などが旨く合致した結果がこの結果であると考えられる。
 けれどもこの高就職率が自立率に結びついていないのは一体何故か?私達は新宿寮、豊島寮の仲間を常日頃から支えているが、その中から浮かびあがってくるのは、就職後、それまで支えてくれていた生活相談員(基本的に9-5時で帰ってしまうので)とも顔を合わせる機会もなくなるなど就労後の細かなケアーがほとんどなくなって基本的に良く言えば自由にさせてくれ、悪く言えば放ったらかし、になってしまう事により、生活習慣や金銭管理が就労後とたんにルーズになったり、お酒を伴い職場のつきあいなどにはまり込んだりする結果となる。また、就労後休みの日を利用して住宅捜しにまで行き着かないケースも多い。これらは、就労後、住宅を確保するまでの期間が短く、またある程度の蓄えが必要など条件が相対的に高く一律的な対応によるものと考えられる。生活相談員による就労後の細かなケアー、そして住宅へのアクセスを様々作りだす、必要に応じて入所期間を計画的に延長するなどする工夫が必要であると考える。

 これらの事を考える時、自立支援センターにおいて、まず「入口」を事業目的に沿ったものにしていく。当該野宿者に正確な情報を提供し、自発的に意欲をもったまま入寮してもらう努力をしていく事、また、管理法人の資質についての指導を徹底させる事、また、就職率を自立率へと極力近付けるための様々な工夫、とりわけ就労後の細かなケアー体制を作る、また住宅確保に向けてゆるやかな(実現可能な範囲)でのプログラムの作り替えが、自立支援センターの今後の課題とも言えるだろう。そして、事業内容の不備で失敗し野宿に戻らざるを得なかった人々への再チャレンジの道も当然保障すべきである。

 課題が鮮明になりつつあるという意味では、事業開始わずか9か月後の自立率40.1%は「まずまず」の「成果」であると考えられる。願わくば、こういう総括、研究を行政が主体的に行ない、次なる改善点を自ら見い出して行って欲しいし、自立率も正々堂々と公表して欲しいものである。