新宿連絡会事務局は7月7日事務局会議の承認を経、7月3日厚生労働省から公表された「基本方針(案)」に対する見解と声明を確定し、発表しました。
ホームレスの自立の支援等に関する基本方針(案)に対する見解と声明

新宿連絡会事務局

 「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」に基づく基本方針(案)が7月3日、厚生労働省から発表された。
 まず、この法律の制定を推進して来た立場、そして、路上の仲間が野宿から脱せれれる具体的、抜本的な施策の早期実施を求めて来た立場から、ようやくにして公表された基本方針案の公表を私たちは歓迎したい。
 地方自治体や中央省庁との不毛な攻防も含めたやり取りをこの十年来経験し、路上の仲間の生き死にを見つめて来た私たちの思いからすれば、国が初めて政策上の課題としてホームレス問題を取り上げた事、そしてその内容も「排除ありき」の発想から脱却し、総合的な施策の提供の結果として仲間の自立を支援して行くとの観点を提起した事は、まさに隔世の感である。
 新宿の路上、そして東京の路上で明日を夢見る事なく病や事故、事件で倒れていった私たちが出会った幾多の仲間にこの歴史的な到達点を報告したい。そして今なお路上で呻吟する幾多の仲間達に「人生を諦めるにはまだ早い」と檄を飛ばしたい。
 
 私たちは国の基本方針(案)において、ホームレスの自立支援施策を総合的、計画的に実行すると明記された事を評価する。
 東京都及び特別区が現在まがりなりにも実施している自立支援策がなかなか東京のホームレス状況を打破するほどの抜本的な対応策になり得ない現状は、その施策の総合性が行き届かず、かつ最大の問題はその計画性がまるで欠如している事に起因していると私たちは考えている。いわゆる「縦割り行政」と指摘されてきた部局間や自治体間の認識の温度差や連携の不備、そして施策の具体的な目標すら立てられない無計画かつ無責任体制。対策に積極的な部局や自治体の数々の努力や創意工夫もすべてこれらの欠点の中、その意欲すら薄められ、結果として「ほどほどの対策」にしかならなかった事例を私たちは数多く目撃して来た。
 国が第一義的に責任を取り、計画を立て、地方自治体に施策の方向性を提示し、かつそのための予算もつけ、国および地方自治体の連携を核とし、民間団体、国民の協力体制を打ち出しながら実施される施策ほど私たちを勇気づけるものはない。

 施策上の責任体制が明確化されたと同時に、基本的な観点として「特に、ホームレス対策は、ホームレスが自らの意思で安定した生活を営めるように支援することが基本である。このためには、就業の機会が確保されることが最も重要であり、併せて、安定した居住の確保が確保されることが必要である」(基本方針案第3 ホームレス対策の推進方策 1基本的な考え方)との観点が示された事は、99年の「当面の対応策」における粗雑な3タイプ論を踏襲(もっとも「これらが複雑に重なりあって」と誤解を生みやすい単純な類型化には慎重な態度を今回は示している)しながらも、当時と比べれば大きな前進であり、かつこの基本観点(類型化は差し引いてだが)は私たちの立場からも妥当な認識であると言える。
 
 また「各課題に対する取組方針」の中に「ホームレスの人権の擁護に関する事項について」「ホームレスとなることを余儀なくされるおそれのある者が多数存在する地域を中心として行われるこれらの者に対する生活上の支援について」(いわゆる予防策)が明記された事は特筆すべき事であろう。
 おうおうにしてこれまで存在し、「収容所」と批判されて来た劣悪な環境における施設処遇、また社会的に蓄積されている差別の視線、青少年の襲撃事件への対処など、これまで対応に後手後手であった人権上の諸問題が「人権尊重」「尊厳の確保」として明記された事は、なによりも路上の仲間たちの長年の願望でもあり、最大限評価し得る所である。
 そして「おそれのある者が多数存在する地域」と限定つきながらも野宿予防策として「職業相談等の充実強化」「居住の場所の確保」「街頭相談」等として列記された事は十分であるとは言えないまでも一歩前進である。
 
 他方、その他の「各課題に対する取組方針」については、基本的観点は正しいものの、全体として小粒の感が否めない。とりわけ「就業の機会が確保されることが最も重要」と謳いながら、「就業機会の確保について」では「事業主への啓発」「求人情報の提供」「きめ細かな職業相談」「試行雇用事業」「技能講習、職業訓練」「都市雑業的な職種の情報収集・情報提供」等、旧来から考えられて、もしくは今年度から既に実施されている施策を列記しただけであり残念ながら新鮮味はない。就業機会の確保策を大胆に進めるのであれば、私たちがこれまで主張して来たよう路上生活者や生活保護世帯もしくは「おそれのある人々」に限定した雇用対策枠、とりわけ公共事業など行政が発注する事業に対し、東京都が定める「公共事業への日雇労働者吸収要綱」に準じたものを策定し、国が路上生活者等への「労働権」を保障する仕組みが必要であろう。
 また、「安定した居住の場所の確保について」も基本的観点は正しいものの、具体策となると「公営住宅の事業主体である地方自治体にいて、単身入居や優先入居の制度の活用等に配慮する」、もしくは「住宅情報の提供」に留まっており、こちらもまた新鮮味は感じられない。就労自立はもとより生活保護においても、シェルター、自立支援センター、二種宿泊所等の「中間施設」は重要であるものの、社会復帰と言った場合、地域社会の中で安定的に住める住居の確保は最大の課題であり、数万の人々の自立を措定するなれば民間住宅市場に委ねる、もしくは「公営住宅への配慮」ではなく、直接自治体がアパート等を借り上げる、ないしは(公営住宅の確保ストックがなければ)「準公営住宅」な発想で民間アパート等を活用した新たな住宅施策上の仕組みを実施すべきであろう。

 極論をするなれば、貧しくとも安定して住める住居(公営住宅並みの収入基準を設け、かつ収入に応じた低家賃住宅)を確保しさえすれば、常用雇用を目指す路上生活者のみならず、都市雑業的な不安定、かつ低収入な仕事に従事している(ないしはしていこう)とする路上生活者も自立と地域社会への復帰が可能であり、ホームレス(路上生活者)問題は解消の道へと間違いなく進むのである。
 また、東京の生活保護行政を俯瞰してみても、厚生施設等の保護施設、あるいは第2種宿泊所等に先の見通しも立たず「滞留」してしまう傾向が強く見受けられる。保護施設を除けば就労意欲を喚起し、生活保護から脱却し、社会復帰させる具体的な支援策すらない。生活保護世帯への「求人情報の提供」「きめ細かな職業相談」「技能講習、職業訓練」すら計画されず、かつ住宅確保策も民間まかせであるならば「中間施設」から「路上」の循環の中で「滞留」する人々を作り出してしまい、結果として「おそれのある人々」の層を多く作り出してしまう。
 この滞留構造は自立支援センター等の施策でも危惧されるところであり、あまり機能していないとは云え、東京都が施策上打ち出している「ステップアップ」方式と、施策上の多様な選択肢(たとえば半福祉半就労型自立スタイル、低家賃住宅に住みながら都市雑業に従事する自立スタイル等)を明示すると同時に、そのための大胆かつ大規模な「安定した居住の場所の確保策」「就労機会の確保策」が必要であると、私たちは考えている。
 その意味で基本方針(案)の各施策(とりわけ就労、住宅分野)は小粒すぎると言わざるを得ない。私たちが予測するには、この程度の策ではホームレス化の流れは塞き止められないだろうし、またホームレス数も増えはしないかも知れないが、目に見える形で減るとは思えない。

 これが、私たちの基本方針(案)に対する建設的な批判の観点である。
 
 あまりにも具体案が小粒すぎるが故に「地域における生活環境の改善に関する事項」を「強制排除前提の自立支援策」ととらえる一部支援者の曲解や、「結局なにもしてくれない」と云う路上生活者の行政不信を生み出してしまう事を私たちは大変憂慮する。
 この基本方針案は評価すべき基本的観点を有していながら、具体策に関してもう一歩踏み込めなかった未完成かつバランスの悪い方針案と云えるだろう。この点が残念である。厚生労働省には再考を求めたい。
 
 だが、私たちは例えこのままバランスの悪い方針が確定しようとも、まずは、今の段階から先を見通して行く。人権意識に欠く地方自治体の強制排除とたたかうと共に、当座の間路上を徹底的に防衛しながら、より実行性のある「安定した居住の場所の確保策」「就労機会の確保策」を国そして地方自治体に求め続ける。
 
 私たちの見果てぬ夢の物語は、未だ序章でしかない。
 私たちは更なるもう一歩を必ずや勝ち取っていく。私たちの長き経験から確信して来た通り、路上生活者は決して「無告の民」ではないのだから。
 

 2003年7月7日