新宿区ホームレスの自立支援等に関する推進計画案に対する意見
私は十数年来、新宿区内、そして東京都内の路上生活者支援に携わってきました。また、都区検討会の頃から行政との交渉等を通じて都区の路上生活者対策のつぶさを見て来ました。その立場から今回の推進計画案に対する意見をいたします。
これまでの新宿区の路上生活者対策姿勢を一言で云うならば「人道主義」に徹した対応をして来たと云えるのではなかろうかと思います。
94年からの「越冬対策」での他の区の比にならない程の宿泊枠の確保、カンパン、カップ麺の支給開始、様々な批判を受けながらも長年実施している医療単給での「通院制度」の確立、区内区外を含めた簡易宿泊所の確保、実質上の「療養施設」として運営されて来た区内「さくら寮」の開設、96年東京都の強制排除姿勢に対する区をあげての批判姿勢、98年西口地下広場火災事故に対する避難場所としての「なぎさ寮」の緊急利用、都区の自立支援システムの開始以降も事業の積極的な告知と、他区の追随を許さない利用希望者の殺到と、公平さを期すための抽選会の実施、そして、近年では地域生活移行支援事業への積極的関与、本年度の記録的厳冬に対して緊急の宿泊枠の拡大等々。
これらの中には都単独事業や都区共同事業としてあったものもありますが、いずれも新宿区の路上生活者に対する対策姿勢が反映されたものであったと考えます。
現場のニーズに即時に対応する。これは末端行政の実に重要な使命であります。しかも命の危険に常に晒され続けている路上生活者に対しては、緊急かつ即応の対応が必要とされます。その困難な仕事を職員総出でこれまで実施して来た事は実に頭の下る思いです。
「新宿区は変った」「新宿区は俺たちの現状を一定理解してくれている」「新宿区はいざと云う時に動いてくれる」との当事者の思いをこれまで形成して来た事は、これだけ路上生活者が集まる区役所において何ら大きなトラブルも組織的な抗議もなく、それぞれのルールに従って淡々と業務が遂行されていることからも明らかだろうと考えます。
これまでの新宿区の路上生活者対策の個々の点について私個人は様々な批判の観点を有しております。しかし、実際に行政と関る必要性のある路上生活者に取ってみれば技術的な問題や戦術的な問題は大きな問題ではないのです。「人として対応してもらえたか否か」が評価の基準になるのです。そして、その意味では新宿区のこれまでの姿勢は最低限の人道的対応であったと評価されるだろうと考えます。
その意味で今回の推進計画の基本的な考え方(P53)の第一に「ホームレスの人権」が謳われたのは妥当な事であると考えますが、ここは、人権一般ではなく、路上生活を続けさせる事が単に「心身の健康状況が悪くなる」のレベルではなく「命の問題」にまで至ると云う観点(現実)が強調されるべきではないかと考えます。
また、新宿区の取り組み(7つの重点項目)の中でも、「健康衛生面の向上」が最重要項目になるべきだと考えます。
そして、その中でも福祉事務所来所者に対する適切な相談業務と、必要性のある者に対しての敏速な医療扶助の摘要、受け入れ医療機関の開拓、更に療養場所としての簡易宿泊所、宿泊所等の確保及び居宅推進が謳われるべきだろうと考えます。
これら、本来あるべき福祉の視点(緊急性あるものに対する迅速な保護)があって初めて他で謳われているような施策が効果的に運用されるものと考えます。
あえて云えばこの推進案では、新宿区内でまたは都内で路上生活者を路上死させない。その悲劇を未然に防ぐ事が、官民あわせた路上生活者を支援する者の立場に課せられ続けている大きな課題であると云う点が欠落していると思います。路上歴が短く、一定の休養を設ければ稼働可能と思われる方であれば自立支援施策に乗ってもらい、健診をしっかりと受け自分の能力や体力に応じた就労を目指してもらうと云う方向性は良いと思いますが、残念ながら長期に亘る路上生活を許してしまっている現状においては、そのような方々ばかりではない事は福祉の窓口職員の方が良くご存知だと思います。
「相談」と云う言葉が何かを「解決」するかのように乱用されている節がありますが、必要な事は何かを「相談」する事ではなく、相談の結果、具体的に何を提示できるかであり、ある意味それがシステム化および情報化されているならば、「相談」などはごくごく短時間で可能であり、あえてそれを強調する必要などないと思います。「相談」する場は幸いにして新宿区内の路上生活者は今でも多くあります。路上生活者の場合、「相談」の主たる主訴は現状の困窮をどのように変えられるのか、端的に云えば、どうしたら路上生活を脱却できるのかにあります。病気で苦しんでいる相談者には通常、救急搬送もしくは医療単給での対応をし、まずは治療環境を社会的に提供し、病状の安定を待って就労支援をし、自立生活を営んでもらいたいと云う福祉の普通の感性(それは新宿区の職員が身を粉にしながら実践してきた事です)がこの推進案ではあまり見受けられないのはどうした訳でしょうか?
私の持論は福祉施策(生活保護の本来業務)の充実があって初めて自立支援施策や区単独の法外援護が生きて来ると云うものです。都区の路上生活者対策は最初に福祉の充実があり、法外援護の充実があり、そして自立支援施策の構築と進みました。これらは両輪、もしくは三位一体であって、どれかの力を抜けばすべてが崩れ去って行きます。その重要な位置に新宿区の生活保護行政と区単独の法外援護があった筈です。
例えば法外援護の主軸をなしている「厳冬期無料宿泊事業」は今後どうなるのでしょうか?次の冬には大田寮が閉鎖され緊急一時保護センターの全体キャパは減ります。今季と同等枠が都区の枠に固辞していたら確保できるのでしょうか?気象変動が激しい今日、今年と同じ、否、更なる厳冬となったらどうすのでしょうか?また西口火災の時のような緊急時が起こった場合にはどのように対応するのでしょうか?最低限、路上生活から一時的に避難できる場所を一定数確保できる見込みはあるのでしょうか?季節的、もしくは突発的な緊急時に、誰の目から見ても明らかな困窮者を新宿区内に晒し続け、命の危機を黙って見過ごすのでしょうか?
これは極論です。しかしそういう悲劇を回避し、ホームレス問題を区政の政治問題(人権問題)にして来なかったのが、私が評価するこれまでの新宿区の姿勢(人道的姿勢)です。
路上生活者数でトップの「汚名」は新宿区の必死の努力により返上されました。多くの路上生活者の方々はこれまでの対応に感謝をしています。排除ではなく、「まともな人間」として接し、チャンスを与えられた事を。これこそ新宿区の誇るべき実績ではないかと思います。
新宿区こそ路上生活者に対して「皆さんを人として扱います。皆さんにチャンスを与えます。新宿区はやり直しの出来る区です。もう路上生活をしなくても良いのです。どうぞこれらの施策に参画して下さい」と堂々と言える区ではないのでしょうか。そして、そう言えるような具体的な施策を計画すべきなのではないでしょうか?また、少なくとも年間何名の路上脱却を目指す、年間何名の居宅推進を目指す等の努力目標をしっかりとすえる必要があるのではないでしょうか?
生活保護行政、自立支援施策がしっかりと機能していると云う前提にたてば、区内に50名程度の(出入り自由な)シェルターを設置し、夜間、駅等を重点とした巡回員を2名配置するだけで駅周辺の路上生活者数は間違いなく半減するでしょう。法外援護の発展と、他施策との連携とは具体的な計画、とりわけ路上脱却を支援する社会資源の計画的な整備の元進められるべきなのではないでしょうか?
拠点相談事業で年間何人の路上脱却者が見込まれるのでしょうか?居住支援は年間何戸の確保を見込んでいるのでしょうか?何も見えない中では大きな不安を感じざるを得ません。
その意味で推進案の7つの重点項目はあえて独自性を強調しすぎ実に当たり障りのない陳腐なものにしか見えません。
新宿区のこれまでの実績と対策姿勢を評価した上での再考を望みます。
|