東京の自立支援事業の危機
東京都および特別区共同実施の自立支援事業がここに来て減速をしている。
関連施設設置計画も、昨年度開設予定の都内5カ所目となる自立支援センター・渋谷寮が一向に開設の兆しがなく、また、今年度設置予定のグループホーム施設はモデル事業へと縮小され小規模での設置にとどまる予定だし、緊急一時保護センター・板橋寮(100名規模)は来年2月の開設予定ではあるものの、計画事業の同・荒川寮も設置計画は大幅に遅れ今年度の開設はほぼ不可能と予測されている。
施設設置計画は停止してはいないものの、予定より大幅に停滞していると言えるだろう。
緊急一時保護センター 300名→400名
自立支援センター 346名→346名
グループホーム 0名 →若干名
これが公称で約6000名と言われている区内路上生活者に対する自立支援事業の利用可能枠である。左側が現時点の利用枠、右側が今年度末の予定利用枠である。
最長4ヶ月滞在できる自立支援センターが年間に3回転するとして1038名の利用しか見込まれず、また平均自立率(成功率)を過去実績の平均値約46%とすれば、477名の自立(しかも住宅確保の自立は293名)しか年間に見込まれない、そんな施設数である(緊急一時保護センターはあくまでアセスメント施設なのでこの施設をいくら増やしても就労自立に直結しない)。
少なく見積もった約6000名の路上生活者の内、就労自立が可能とされる者は東京都や民間の調査で約8割、すなわち4800名、この内、今後一年間の自立予定が約477名、すなわちわずか10%足らずの路上生活者しか年間通して就労自立させられないのが、現行の自立支援事業の姿であると言えよう。
自立支援を直接行なえる施設数が圧倒的に足りない。これは客観的に言える事実である。
他方、いくら施設数を増やした所で実際の自立支援事業のソフト面が効率化されていなければ意味のない事である。その観点から考えると、現行のステップアップ方式による自立支援事業は間違いなく破綻を余儀なくされるだろう。都が打ち出した基本設計そのものは、それなりの妥当性があり基本的には評価されるものであるが、問題はその実際の運営があまりにも直線的な発想で運営されているため、当初の理念を相当逸脱していると言えるだろう。
昨年12月に緊急一時保護センターを開設したまでは良いものの、この緊急一時保護センター内プログラムで就労自立、もしくはその他の自立のために何をなすべきかが未だ明確化しておらず、単なるアセスメント施設=選別施設に堕している。また、入所決定の権限をもつ福祉事務所は「とりあえず相談者を宿泊させることのできる法外施設」と位置づけ「誰でも彼でも入所させる」傾向にある。生保施設が少ない現状の中で一概にそれを非難はできないだろうが、その結果、各福祉事務所では、路上生活者に生活保護を積極的にかけるという姿勢が薄れ、就労自立層ではない者が自立支援センターへと送り込まれるという事態が生じている。
もちろん「とりあえず宿泊させられる法外施設」があってもまったく構わないが、その場合は困難が多様な人々が入居する事に対する、十分な相談体制が必要だし、また、施設退所後の様々な自立への選択肢があって初めてそういう施設は成り立つ。「短期間で就労が見込まれる者」「重篤な病気や高齢のため就労が明らかに不可能な者」しか次なる踊り場へ移行(ステップアップ)させられない現状においては、その狭間の人々が脱落してしまうのは必至である。その結果、明らかに「短期間で就労が見込まれない者」が大量に自立支援センターへ送り込まれ、大田寮開設後、それまでそれなりの好成績を収めて来た自立支援センターにおける自立率が低下するという事態に陥っている(自立支援センターの実績グラフ参照)。単なる自立率が低下するのみならず、「自立の可能性なし」という「らく印」を押された「失敗者」や「規則違反者」、「自主退寮者」を大量に生みだし、自立支援センターの機能面に対する社会的な不信感すら生みだしている。
本来、緊急一時保護センターのアセスメント段階で「短期間で就労が見込まれる者」が厳選され、かつ就労意欲が喚起された状態で自立支援センターへ移行するという当初の計画が、ここに来て大幅に狂って来ているのである。
ソフト面における「混迷」の原因は「短期間で就労が見込まれる者」「重篤な病気や高齢のため就労が明らかに不可能な者」の狭間に立つ人々の層の自立に向けてのプログラムが相談窓口や緊急一時保護センター内に「ない」事が大きいと考えられる。その狭間を埋めるものとしてグループホーム事業を私たちはおおいに期待していたのであるが、モデル事業という事業規模もそうであるが、なんと自立支援センター内で就労できなかった者の一部を限定し、生活保護を適用しながら自立を支援するという「おかしな」事業として開始されようとしている。この流れでいけば、今度は「誰でも彼でも自立支援センターへいかせる」という短絡的な発想になっていくであろうし、現状の追認でしかない。机上の論理でしか発想しない役所的な事業体系と言わざるを得ないだろう。「短期間で就労が見込まれる者」か「長期間でしか就労が見込めない者」「軽作業労働などでしか就労自立が見込まれない者」をアセスするのが緊急一時保護センターの役割ではないのだろうか?緊急一時保護センターの段階において様々な選択肢を用意することこそが肝心な事であり、それを放棄するのであれば緊急一時保護センター内のアセスメントワーカーなどまったく不用である。
東京都や特別区のお役人さんは、これである程度「成功」すると考えているのであろうが、こういう短絡的、直線的なステップアップでしか自立を発想化されないのでは、必ずやこの事業は「失敗」すると断言しておこう。結局は従来の「箱物行政」(と、社会福祉法人やNPO法人を肥え太らせるだけ)で終わるのか、それとも実効性のある路上生活者対策が行なえるのか、その瀬戸際に立っているという事をお役人さん達はすべからく自覚すべきであろう。
確かに都区行政は「全国に先駆け」と言うだけの事は一定程度して来た。そのことを否定する気はさらさらない。が、ホームレス自立支援法が制定される状況の中で、その事に傲りをもったまま現状の対策程度で満足しているのであれば、たちまち現事業体系は崩壊するだろうし、当然当事者の怒りを再び買う事となろう。東京という都市の特性を無視して被害者面をしているだけで果たして都区行政は済むのか?ホームレス自立支援法制定はその事を鋭く都区行政に問うて行く事だろう。
(2002.7.8記・笠井和明)