11日、ようやく与党三党の「ホームレス問題に関するワーキングチーム」が「ホームレス自立支援法案」(正式には「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法案」)の原案をまとめ上げた。
またもやお騒がせ新聞たる朝日新聞が『「強制排除」に含みを残す表現となっている。』(4月10日付朝日新聞)などと主観的な記事を書いたものだからどんな硬派な法案ができ上がったかと拝見してみれば、そんな騒ぎ立てる程のものでもなく、民主党案をベースにし、かつこの間の議論を踏まえたもので全体的にはそれなりに妥当な法案であった。
与党三党原案で評価すべき点は、「目的」(第一条)に「ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ」が加わった事、また「ホームレスの自立の支援等に関する施策の目標」(第三条)の2項に「ホームレスの自立の支援等に関する施策については、前項の目標に従って、ホームレスの自立のためには就業の機会が確保されることが最も重要であることに留意つつ、総合的に推進されなければならない」が加わった事であろう。
この種の法案で最も注目していかねばならないのは「目的」そして「施策の目標」である事は言を待たない。まさにこれらが法案の骨格となる部分である。この点がはっきりしていない事には国や地方自治体の具体的な「実施計画」は抽象的なものにならざるを得ないからだ。その点、民主党案も与党案も「目的」「施策の目標」は多少の強弱の差はあるものの方向性ははっきりしている。
同法案の「目的」は「ホームレスの自立の支援」(与党・民主両法案)であり「ホームレスとなることを余儀なくされるおそれのある者に対する生活上の支援」(民主党案)「ホームレスとなることを防止するための生活上の支援」(与党原案)を「国等」が「責務」として「施策」として行う事により「ホームレスに関する問題の解決」を図るという事である。
もちろん「施策の目標」の項目にあるよう「自立」とは何も「就労自立」のみを想定したものではなく、いわゆる「応急援護」や「生活保護法による保護の実施」も含まれたものと考えるべきであり、総じて「野宿からの脱却」と理解し得る内容となっている。
与党原案の「目的」(第一条)には「地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ」と「ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ」が加わっている。こういう表現はあまり必要はないとは思うが、その「あつれき」も含めたホームレス者の諸問題に対し「人権に配慮」し「地域社会の理解と協力を」得て「解決」していこうという方向性は積極的に合意できるものである。民主党案と比較して「目的」はより鮮明になったと言えるだろう。
また、「施策の目標」(第三条)の2項に「ホームレスの自立の支援等に関する施策については、前項の目標に従って、ホームレスの自立のためには就業の機会が確保されることが最も重要であることに留意つつ、総合的に推進されなければならない」が新たに加わった点は、労働行政の積極的な関与を義務づけるものとして評価するものの、他方で「公営住宅の供給、民間の賃貸住宅への入居の支援」(民主党案)が「住宅への入居の支援」(与党原案)と変わった事で住宅行政の関与が薄まりはしないかとの危惧もある。「自立」のために「最も重要」なのは「就業機会の確保」と「住宅の確保」であり、これは切り離して考えるべきではないというのが私たちの基本的な見解であるが、与党原案はどちらかと言えば「就業機会の確保」をポイントとして目標化しているようである。
また、「予防策」の「目標」について与党案では「ホームレスとなることを余儀なくされる者が多数存在する地域を中心として行われる」との文言に変更されてもいる。確かに地域が限定されればより重点的な予防施策が行える利点はあるものの、いわゆる「予備軍」は今日特定地域のみならず全国に散在していると見る方が妥当であり、むしろ広く全国を通じて予防策が行えるようにするべきとも考える。尤も「中心として」という文言によって多少は救われてはいるのであるが…。
「施策の目標」は民主党案、与党原案とも大枠の方向性(雇用の確保、就業機会の確保、安定した居住の場所の確保、保健、医療の確保、防止策の実施、応急援護の提供、生活保護適用、人権擁護等)においては一致しているものの、上記のような多少の温度差はあるようだ。
これらの点は対立しているというよりもポイント(視点)の置き方による差異と言うべきであり、今後の与野党協議の中で前向きに議論されるべき点であろう。私たちとしては、目的がより鮮明になった、また施策の目標において労働行政の関与がより明確になったという点は評価しつつも、施策の目標の基本的なポイント(視点)は民主党案の方を採る方がより効果的ではないかと考える。
与党原案第三章の「基本方針及び実施計画」は上記の差異に加え、民主党案は都道府県の「実行計画」を義務付けているが、与党案は「必要があると認められる都道府県」について「実施計画」の策定を義務付けるものとされ、また、都道府県、市町村の実施計画策定段階における民間団体の意見を「反映させる」よう努めるのか(民主党案)か「聴く」よう努めるのか(与党案)の差異もある。民間団体の能力の活用、民間団体との連携は両法案とも謳っており、実施計画の意見を単に「聴く」だけでは官民のパートナーシップは生れないとの誤解も生じる箇所である。
さて、「強制排除」の危惧と朝日新聞が評論している箇所が与党原案の最後の方、十一条に続くのであるが、新に加わったこのいわゆる「適正化条項」と呼ばれている箇所は、法案の「目的」や「施策の目標」の箇所ではなく、第三章「財政上の措置等」に治まっている。ワーキングチームで議論されていた自民党案で「施策の目標」に加わっていたこの条項がその場所から分離した事は率直に評価したい。つまり法案の構成上、「適正化」は自立支援策の大きな柱になっておらず、適正化の「法令の規定」との関連(自立の支援等に関する施策との連携)をこの場で明記したに過ぎないからである。
この項目を良心的に解釈するならば、管理権の発動というのは他の「法令の規定」によっていつでも出来るのであるが、その「法令」が想定した条件とは違った社会現象として今日のホームレス問題がある。「法令」の規定だけを掲げて「代執行」などを行えばすぐに人権問題に発展する。だから「適正化」すなわち「法令」に基づき管理場所からの移転を命じる時、与党案では「施策との連携」を条件づけるものともなっている。この与党原案をストレートに読むならば、人権に配慮した(つまり強制的なものではなく)自立支援策等を前提に始めて「適正化」が出来る構造となっているのである。これは至極当然といえば当然である。
けれども、読み方によっては様々な誤解が生じる箇所でもある。この種の誤解を生むとすれば「適正化」に当たっての留意点などが明記されておらず、またその順番も明確化されていない点であろう。
誤解というのは根拠があって発生する。すなわち自立支援策などの対策なしに、一方的に「管理権」を発動され立ち退きを強要されて来た地方自治体の事例があまりにも多いが故に、「適正化」の条項がどのように法案に明記されるのかが注目されてきたのである。願わくばこの種の誤解を解くよう条項で言う「連携」の内容をもっと具体的に記す、ないしは付帯決議などによって「強制排除」を前提とするものではない事をもっと明確にすべきであろう(もしこのままの通りで可決されるのであれば法の運用、実施計画の策定段階などに際して常にチェックしていく必要がある箇所でもある)。
もちろん私たちの原則的な考え方は「適正化条項」は同法案において必要なしというのが立場である。「適正化」の必要性は認めつつも、まず自立支援策等を当事者のニーズに即して行う事で自ずから「適正化」は実現できると考えているからこそ、あえて同法案に明記する必要はないという考えである。けれども、同法案に「法令」の規定による「適正化」に条件をつけるのであれば、「強制排除」が前提でなく、自立支援策等が前提であるという事を何人にも分かるようもう一段踏み込み明記する必要があると考える。
最後に与党原案では同法案は十年間の特別措置法案とし、試行後五年後の「検討」が加えられた。これも同法案の性格を考える時、妥当な判断と言えるだろう。
その他細かな点については省くが、全体として、与党原案が民主党案と比較して大幅に後退したと評価する事は出来ないであろう。全体として妥当な法案であるが、もっと明確にしてもらいたい点があると云う評価になろうか。また、与野党協議もこのレベルの案であるならば決して対立的な議論にはならないだろう。より建設的な協議が可能であると期待するものである。
私たちは、民主党、そして与党の各案の策定段階において私たちの意見を十分に表明して来た。内容的な要請に関しては全てを言い尽くして来たと言える。私たちが直接法を作る訳ではないのでそれらが全て反映されたものであるとは限らない。けれども国が責務としてホームレス者に対する雇用の確保、就業機会の確保、安定した居住の場所の確保、保健、医療の確保、防止策の実施、応急援護の提供、生活保護適用、人権擁護等を行う事を骨格とした法案が、大きなズレが生ずる事なく大枠において与党、野党においてまとまった事はおおいに評価している。今後、細部についての与野党協議を進め、重要法案はめじろ押しであるものの同法案の通常国会中の制定を期待し、また私たちの運動もそのために推進していくものである。