麻生太郎総務大臣が、10月20日、自民党鳥取県第2選挙区支部主催の講演会において、「新宿のホームレスも警察が補導して新宿区役所が経営している収容所に入れたら、『ここは飯がまずい』と言って出て行く。豊かな時代なんだって。ホームレスも糖尿病という時代ですから」等と発言し、その後も、その発言を正当化する発言を繰り返している。
麻生氏には、子どもの頃、「聞きかじりのことを確かめもせず、知ったかぶりをして話すと、あとで恥をかくよ」と教えてくれる人が周囲にいなかったのだろうか。野宿を余儀なくされている者たちへの差別と偏見に満ち、基本的な事実関係すら踏まえていないこの発言は、あまりに愚劣なため、論評するのも馬鹿馬鹿しいほどである。だが、昨年制定されたホームレス自立支援法の規定に基づき、国民に対して「ホームレスの人権の擁護」を呼びかけるべき政府の中枢にいる人物が、自ら進んで差別を煽るとは由々しき事態である。新宿で野宿の仲間と共に支援活動を現場で担ってきた団体として、抗議の声明を発表する。
まず、「収容所」などという前時代的な表現を使うこと自体、人権感覚の欠如を示していると言わざるをえない。新宿区内には施設入所を希望している野宿者が数多くいるが、警察の「補導」によって、施設に入所できるというルートはどこにもない。野宿者が誰でも入れる施設としては、唯一、東京都と23区が共同で設置している緊急一時保護センターがあるが、そこに入るためには月に一回、新宿区役所で行なわれる数倍の抽選を勝ち抜かなければならない。施設入所は野宿者にとって「狭き門」なのである。また、「飯がまずい」という理由で施設を退所したという話は、私たちの10年間の現場経験の中で聞いたことがない。
麻生氏は糖尿病の野宿者がいることをもって、「豊かな時代」であることを強調したいらしいが、糖尿病を「贅沢病」だと見なすのは非科学的なレッテル貼りでしかない。厚生労働省が今年1〜2月に全国2163人の野宿者を対象に行なった生活実態調査においても、「食べ物が十分にないので辛い」と答えた者が4割を超えた。コンビニの賞味期限切れ弁当や廃棄されたハンバーガーのバンズ、パンの耳などで空腹を満たしている仲間は数知れない。不安定で、バランスの悪い食生活は糖尿病を誘発する要因となりうるのである。
また、野宿に至る以前の段階で糖尿病を発症している人もいるということも忘れてはならない。路上には、「ホームレス状況に追い込まれた人々」がいるのであって、「ホームレス」という人間がいるわけではないのである。たとえ豊かな食生活が原因で糖尿病になった人がいたとしても、そういう生活を営んでいた人が野宿へと追い込まれてしまう社会とは一体、何なのか、ということを政治家ならば考えてみるべきではないのだろうか。
かつて小泉純一郎首相が「ホームレスでも新聞が読める」と発言したように、現状を「豊かな社会」として無批判に肯定したい人たちが、「話のネタ」として野宿者を持ち出す傾向があちこちで見受けられる。「国内に貧困問題が存在し、その究極の形態として野宿を強いられる生活がある」という厳然たる事実から人々の眼を背けさせたいと願うのは、権力者の常なのだろうか。しかし、私たちは、事実を直視することを求め続ける。私たちが毎週日曜日に新宿中央公園で行なう一杯の炊き出しのご飯を求めて、数百人の仲間が列をなすということ。その中には遠方から数時間かけて歩いてくる仲間もいるということ。それが私たちの眼前に広がる現実である。私たちは今後もこの現実から声を発し、この現実を打開していくための活動を続けていく。
眼を背けることを求める権力者の甘い誘いを断固して拒絶すること。それは立場を超えて、誰にでもできうる選択だということを私たちは知っている。